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巳の刻
雑踏する江戸の町を、悠助は一人歩いていた。正確には人を捜しているのだ。
綾菜と琴音を心配して、迎えに行った昨夜。
修羅に遭遇したことを聞いて、ある人物に話を聞いてみようと思ったのだ。
きょろきょろと辺りを見回していた悠助は、近くにある甘味処に目を止めた。
捜していたある人物が、団子を頬張っていたからだ。
悠助は小さく溜息をついて声を掛けた。
「水無瀬の親分、口の横に餡がついているよ」
其れを聞いた親分は慌てて口を拭いた後、照れ臭そうに口を開いた。
「久方振りだねぃ、旦那」
「元気そうだな」
「……そう見えますかぃ?」
「嗚呼。其れより訊きたいことがある」
隣に座った悠助をちらりと見た親分。
どうやら何かを話したいようだが、悠助は其れを見事に放り投げた。
御喋りな親分のことだ、話したいだけ話して居なくなってしまうかもしれない。
悠助は少し悄気(しょげ)ている親分を尻目に本題を口にした。
「昨夜、修羅に誰か殺されなかったか?」
悠助がそう尋ねた刹那、親分は団子を喉に詰まらせた。慌ててお茶で流し込んだ後、ぎょっとした表情で悠助の肩を掴んだ。
「だ、旦那!!滅多な事を言うものじゃありやせん!!」
とんでもない、という親分に悠助は再度尋ねた。
「あったのか?」
「ありやせん、ありやせん。昨夜は辻斬だってありやせん。何だってそんな事を訊くんでぃ」
親分は頭(かぶり)を大きく振った。
「修羅を見たという情報があってな」
「疑心暗鬼を生ず。気を付けて下せぇ」
親分は酷く顔を歪めながら、逃げるようにして立ち去った。
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