『正体』

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『待ってよ!!』 『早く来ないと置いてっちゃうよ』 あの女の子は……あたし? 『琴音は桃色が似合うね』 貴方は誰?顔が見えない…… 『これなら毎日使えるよ』 『ありがとう、兄上!!』 兄上?兄上なの?ねえ、兄上!!待って!!待ってよ!!! 「兄上!!」 灯影がゆらりと揺れた。 「……夢?」 開いたままの本を茫然とした表情で見詰める。突っ伏して寝てしまったためか、腰が不機嫌そうな音を立てた。 「……兄…上……」 水を求める喉を無視して、琴音はぼうっと宙をさ迷った。 琴音にとって此の場にあるのは、読み掛けの本ではなく、夢の少年であり、夢の少年ではなく、読み掛けの本なのだ。 「琴音ちゃん?」 琴音は、はっとして襖に目を遣った。其処には、心配そうに此方を見る綾菜がいた。 「綾菜ちゃん……」 「明かりがついていたから、声を掛けてみたのだけど……何かあった?」 無理に言わなくても良い、と言う綾菜に涙を呑んだ。 ――どうしてこんなにも優しいのだろう。 琴音は泣くのを我慢して口を開いた。 「夢を見たの。幼い頃、兄上と一緒にいた時の……」 定まらない琴音の視線を掴まえるように、綾菜は正面に座った。 「両親は、あたしと兄上を捨てた。貧乏だったからだと思う。両親は優しかったもの……。だからこそ、捨てられたことが悲しかった」 琴音はポロポロと涙を溢す。 .
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