『正体』

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賑わう江戸の町を、琴音は一人歩いていた。 太陽の微笑みに輝く桃色を、少し恥ずかしそうに触る。 昨夜は随分と泣いてしまった、と些か後悔しているのだ。 しかし、すっきりしたことも事実。其の事が更に恥ずかしさに拍車を掛けていた。 「(綾菜ちゃんにお礼しないとなあ……)」 気にしないで、と笑っていた綾菜を思い浮かべた刹那、足元から嫌な音がして体がつんのめった。 転ぶと思い目をぎゅっと閉じれば、明らかに地面ではない暖かいものにぶつかった。 「大丈夫か?」 目を瞬かせていた琴音は、其の声に驚いて姿勢を正した。 声の主に目を遣れば、其処にいたのは一人の男。 短髪で前髪は右目にかかっている。涼しげで何処か壁があるような目は、悠助に初めて会った時を思い出させた。 「鼻緒が切れたのか。其の儘では歩けないな」 男はそう呟くと、駕籠を用意するから乗るようにと言った。しかも金も払うというのだ。 琴音は思わずぎょっとして、手を顔の前で勢い良く振った。 「そ、そんな!!大丈夫です!!」 「生憎しっかり直せるような物を持っていない。駕籠に乗るのが嫌なら、俺の家に来い」 琴音は男の提案に頷いた。 普通ならば、女がそんな簡単に男の家に行くのは良くないのだが……。 今の琴音には、そんな事を考える余裕はなかった。 頷くのを確認した男は、手拭で簡単ではあるが鼻緒を直す。 其れを見た琴音は首を傾げた。 「(直せる物あるじゃないの……)」 「しっかり直せる物を持っていないと言ったんだ。これで歩いたら鼻緒擦れになる。家に行けば、挿げることが出来るし、此処から近いしな」 男は茫然とする琴音を見て微笑んだ。 我に返った琴音は、其れを見て思わず泣きたくなった。 何故だろうか。 幼い子供のように泣き喚きたい。 泣いて泣いて縋り付きたい。 琴音はぐっと手を握り締めて、其れらを追い払う。 落ち着きを取り戻すと同時に、寂しさに襲われ、今度は静かに泣きたくなった。
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