『正体』

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「ククク……。随分と便利な笠と前髪じゃねェか。表情が見えなければ、相手の考えは理解しにくい」 そう言いながら、龍影は狐面を取り出す。其れは人斬り修羅の物と同じだった。 三人が、はっと息を呑む中、勒七は笠と前髪の奥から、じっと龍影を見詰めていた。 「恐いか?いや、聞くまでもねェか……。恐くないと言った所で、所詮其の言葉は偽善に過ぎねェからな」 龍影は自嘲の笑いを落として立ち上がると、悠助達に鋭く視線を投げ付けた。 「もう此処には来るんじゃねェ。殺されたくなければなァ」 瞳孔の開いた其の目は、正しく人斬り修羅。 立ち尽くす悠助達を其の場に残し、龍影は奥へと消えた。 ――少年の泣き声は、酷く寂しそうだった。 「素直になればええのに」 暫く歩いた後、突如降ってきた声に龍影は足を止めた。 其れは、以前の姿無き声と同じ。しかし今回は姿を見せていた。 声と同様に中性的な顔立ち。長い髪を垂らしていて、ぱっと見は人間だが、人間には有り得ないものが上と後ろに存在していた。 狐の耳と尻尾が生えているのだ。 「勝手に出てくるとはいい度胸してるじゃねェか。狐火(きつねび)」 そう言って睨め付けるが、狐火と呼ばれた男(若しくは女)は何所吹く風だ。 尻尾を左右に揺らしながら、龍影の顔を覗きこむ。 「わいは思ったことを言ったまでや。ほんまは、龍影やって言ってしまいたいんやないの?」 龍影は端正な顔を一瞬歪めると、無言で懐から出したものを放り投げた。 放り投げられたものが何か理解すると、狐火は目を輝かせて其れに飛び付く。 「わーい!!油揚げや!!」 にこにこしながら、齧り付く。好物である其れを大事そうに食べる狐火を見ながら、龍影は何所か悲しそうに声を発した。 「お前だけは、絶対に俺の傍を離れるな」 狐火は最後の一口をごくりと嚥下すると、返事を聞かずに立ち去る龍影を見送った。 「馬鹿やね。わいが離れるわけがないやろ。わいの主人は、龍影なのやから」 狐火の言葉は、龍影に届くことなく、闇に喰われた。 『正体』完 .
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