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龍影が四人を追い払った日から、毎日来ていた琴音が此処に来ることはなくなった。
其の代わりというように、毎日泣いて、落ち込んで、騒ぐ少年がいた。
追い出しても、追い出しても戻って来る少年。
縁側に座る龍影は、何所か恨めしそうに此方を見る少年を一瞥した後、鋭い視線をある場所に向けた。
「女が一人で男に会うなんざ、陸な目に遭わねェよ」
「貴方はそんな人ではないでしょう?」
「……そうかよ」
余りにも綾菜が真っ直ぐに言葉を返してくるものだから、仕掛けた龍影の言葉は地面にすとんと落ちてしまった。
龍影は小さく舌打ちをした後、些か乱暴に用件を聞いた。
「龍影さんは、琴音ちゃんのお兄さんではありませんか?縦いそうではなくとも、貴方は琴音ちゃんにとって、心の許せる人だった。琴音ちゃんが言ってました。桃色がよく似合うと言ってくれたことが嬉しかったのだと。……龍影さん、本当の事を教えて下さい」
「教えて何になる。手前らの道と俺の道は違う。言った所で、何も出来るわけあるめェよ」
瞳孔が開いた目で言葉を投げ付ける。
思わず綾菜が後退りして時、二人の間に突如声が降ってきた。
「言い過ぎや。女の子には、優しくせんと持てへんよ」
茶化すように言葉を降らせたのは狐火だった。
龍影は、其の言葉に怒っているのか、勝手に出てきたことに怒っているのか、其れとも両方かは分からないが、鋭い視線を狐火に向ける。
もし、視線で人を殺せるのなら、確実に死んでいると言っても過言ではないだろう。
しかし、狐火には通用しない。
態とがましく「恐い、恐い」と言っただけだった。
龍影は無言で愛刀を地面に突き刺して、早足で家の奥へと消えた。
「堪忍したってな。素直になれんだけなんよ」
そう言った狐火の表情が余りにも寂しそうで、綾菜は頷くことしか出来なかった。
恨めしそうに龍影を見ていた少年は、地面に膝を抱えて座り、無言で空を見詰めた。
――江戸の空は、今にも泣き出しそうだった。
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