『盤上』

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浅間健造が殺された翌日。 瓦版は其れを江戸に広めた。 冬悟の事件から数ヶ月。 すっかり勒七も江戸に腰を落ち着かせていた。 そんな時に舞い込んできた事件。 綾菜は良い顔をしなかった。 「また事件?」 綾菜がそう尋ねれば、悠助と勒七は首を横に振った。 「わっちらには関係ない事件さ。修羅の事件だからね」 そう言って勒七は瓦版を綾菜に渡す。 瓦版に描かれた絵は、見ていてあまり快いものではない。 綾菜は遠ざけるようにして、其れを置いた。 「修羅ってあの人斬り修羅のこと?」 「嗚呼。だから言っただろう?俺達には関係ない事件だと」 お茶を啜りながら悠助は言う。 修羅といえば、江戸では有名な人斬りだ。尤も、其の存在を詳しく知る者はいない。 人々が知っているのは、見た目の情報だけだろう。 狐面をつけ、陰陽師のような格好をした男。得物の刀は、恐らく邪鬼の妖刀。 これ以外の情報としては、殺しを失敗することが無いという事だけだ。 因みに、修羅以外にも人斬りはいる。夜叉と呼ばれる人斬りだ。 此方も修羅と似たようなもので、どんな奴だと訊かれても「鬼面をつけた巫女服姿の女」としか答えられない。 まあ、二人とも侍というよりは忍びに近い存在だ。 依頼が無ければ人を殺すことはない。 だからこそ、町人には関係ない事件だと片付けられることが多いのだ。 殺されるのは、身分の高い役人が殆どだから……。 「殺されたのは浅間健造。まあ、所詮は賄賂で繋ぎ止めていた首さ。きっと慌てている役人がいるだろうねえ」 何とも言えない笑いを小さく溢した勒七は、美味しそうに茶菓子を頬張った。 「悪事千里を走る。幕府も大変だろうな」 自分には関係ないとばかりに、悠助も茶菓子を頬張る。 しかし此の時既に、悠助達は盤上の駒で、全てが揃うのを待っている状態だということに、気付く者は誰もいなかった。 『盤上』完
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