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「え……いや…でも……」
形にならない文字を溢す琴音は、大量に汗の雨を降らせている。しかも、悠助の隣では勒七が合掌をしているのだ。
其れを見て固まったように口を噤んだ琴音を、流石に可哀相だと思ったのだろう。
「だ、大丈夫よ。修羅は仕事以外で人を殺さないもの!!」
「そ、そうだよね。実際殺されなかったし!!」
綾菜が慌てて教えれば、琴音は自分に言い聞かせるようにそう言った。
まあ、未だに顔色が悪いのは仕方無いだろう。昨夜出逢った修羅は、倉敷蒼馬を殺したのだ。
殺す前か後かは知らないが、何の道嫌なことには変わりない。
暫くは引っ込みそうにない顔色の儘、琴音はお茶を啜った。
「少しは落ち着いたかい?」
そう言って茶菓子を頬張った勒七を、琴音は思わず睨み付けた。
「止めを刺したのは勒七じゃないの!!」
「あれや、そんなつもりは無かったのだけどねえ」
勒七は茶菓子を食べ終えると、満足気にお茶を飲んだ。琴音が口を尖らせたのを見ても、勒七はニコニコと笑うだけ。
「ハァ……何か、もういいや」
何を言っても無駄だと思った琴音は、項垂れながら言葉を落とす。悠助と綾菜は苦笑いして心の中で謝り、悠助は其れと同時にひょっと思った。
「(確かに止めを刺したのは勒七だが、暗い空気を変えたのも勒七だな……)」
しかし態々言葉にする必要ない。悠助はそっと其れを仕舞い込むと、三人を一瞥して茶菓子を頬張った。
口の中に広がる甘さに、小さく笑った悠助に気付く者は、誰もいなかった。
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