序章ー始まりは此処からー

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「珠希」 丁度居間から出て行こうとして、先程と同じように土方さんに声をかけられた。 振り向くと、ちょいちょいと手招きをしている。 座っている彼の前まで行き正座をすると、彼は浪士隊のことについて話始めた。 京がどんなに危険な所か、今の政治がどんなに不安定なものか。 話を聞きながら思わず首を傾げた。 何故近藤さんの話の後に、そんな話をするのだろうか。しかもあたしだけに。 そんなあたしを見て彼は苦笑いすると、思いも寄らないことを口にした。 「お前ももう十七だ。そろそろ女として生きてもいいんじゃないのか」 土方さんの一言に、ぽかんと口が開く。 間抜けな顔をしていたんだろう、土方さんは右手であたしの顎を押し上げた。 その拍子に上と下の歯が思い切りぶつかり合った。当然だけど、痛い。 痛む口を押さえ何とか言葉を紡ぐ。 上手く話せなかったのはきっと、痛みのせいだけではないだろう。 「それは、此処へ残れと…そういう意味ですか…?」 「そうは言っていない。ただ、本当にそれでいいのかと聞いているだけだ」 「っ、あたしは…!」 それで構わない。 近藤さんと一緒に、皆と一緒に京へ行きたい。 そう言いかけて口を開いたのと同時に、あたしの頬に触れた大きな掌。 それは確かに土方さんの綺麗な手で。 びくり、と肩を震わしたあたしを、彼は何も言わずに見つめているだけだった。 頬を伝って感じる土方さんの体温に、大きな音を立てる心臓。 彼の漆黒の瞳から、目が離せない。 「お前に、覚悟というものはあるのか?」 "覚悟" 彼の口から発せられた思いもしなかった一言に、言葉を失う。 口にされて初めて、ことの重大さを実感させられた。 それと同時に、何とも言い難い感情が胸にこみ上げてくる。 あたしはただ皆と一緒に居たいだけなんじゃないんだろうか、とか 一人になりたくないからだろうか、とか。 何も、言えない。 "覚悟"とは、何だ? 唇を噛み締めて、俯く。 悔しかった、何も言い返せないことに。 ただただ、情けなかった。 土方さん困ったように溜め息を吐くと、ぽんとあたしの頭に手を置いて立ち上がる。 「…ま、良く考えるんだな」 そう、一言。 何も言えないあたしを残して、土方さんは居間を後にした。 ぎゅ、とさっきより更に強く唇を噛み締める。 "覚悟"という二文字が何度も何度も頭の中で繰り返されて、あたしは暫く其処から動くことが出来なかった。
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