さすらう者

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 あれは確か、2回目の住人が居なくなった後の事だったと記憶している。  まだそう言った類いのモノが見え始めたばかりだった私は、母と兼用で使っている寝室兼自室で寝ていた。  季節は……日の出が早い頃だから、夏だったろうか。私はいきなり、そう、本当にいきなり意識が浮上した。  目覚まし時計が鳴ったわけでも、外が騒々しかったわけでもなく、まるで水底から引き上げられるかのように唐突に、目が覚めたのだ。  遮光カーテンが引かれていなかった室内は、家具が見えるくらいにはほの明るく、「あぁ、まだ早い時間なんだ」と私はぼんやりした頭で思った。  ふと、私は何故だか自分の足元が気になり、視線を足元に向けた。  私の布団は東向きに枕を置いており、足元にはベランダに出る窓がある。窓の手前には、当時勉強机として使っていたコタツテーブル。そして本棚があった。  イヤにスッキリした頭で、半分上体を起こしながら窓を見ていた私は、次の瞬間全動作を止めた。  その本棚から丁度上半身を出すようにして、スーツ姿の男性が、向かいの壁に向かってひたすら頭を下げているのが、目に入ったからだ。
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