自転車に乗って―シリーズ1

2/7
106人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
日も暮れた住宅街を、走って帰る少女が一人。学生鞄を胸に抱き、息も荒く走る少女の瞳は、キラキラと明るい色に染まっていた。 『横井(よこい)』という表札が掲げられた二階建ての一軒家に、そのまま元気良く玄関を開けて飛び込んで行く。 「お母さん、お母さん!聞いて聞いて!」 焦って脱いだ靴が、足にもつれて転びそうになり、その弾みに、かけていた眼鏡がずり落ちた。慌てた少女は、胸に抱いた鞄から右手を離して、その手を玄関先の床に伸ばすことで、我が身が倒れるのを防いだ…が。 パリ。 少女の右手のその下には、ひび割れた眼鏡。 凍りついたように動けなくなった彼女を余所に、ようやく呼ばれた母親が奥から顔を出す。 「どうしたの、映子(えいこ)。そんな大きな声で呼んで…」 母親の声に我に返った彼女は、心底叫んだ。 「うきゃ~あぁぁぁ~!眼鏡がー!!」 しくしくしくしくしく。 とても楽しい土曜日のお休み。今日は倶楽部の練習に、朝から夕方までどっぷり浸かれる、とっても嬉しいお休みなのに。 しくしくしくしくしくしく。 映子はひたすら地面を見つめて歩いていた。 昨夜壊してしまった眼鏡の予備なんてない以上、朝一番に買いに行かないといけません。何故なら、眼鏡なしの視力は0.1以下、視力検査表の一番の上にあるCの文字が、30cmほどの距離ですら、目を細めないと見えない悲しい事実。これでは、部活に支障が出るのは確実で、友人に「部活に遅れる」と理由とその経過を電話で告げると、「しょうがないね」と言いつつ、笑いを堪えていたのは聞き間違いではないはずで。 しくしくしくしくしくしくしく。 ちなみに、地面を見つめて歩いているのは、足元が良く見えないのもあるけれど、今の状態では、知っている顔に会ってもわからない。目を合わせないようにしようとする、セコイ自己防衛本能によるものだった。 とぼとぼ歩いていると。 「わっ、やばっ!」 声が聞こえた瞬間、映子の目に星が瞬いた。 「~~~っ」 道端だというのに頭を押さえしゃがみ込み、涙目で見上げると、そこには立派な電信柱が鎮座していた。 「だから、やばいって言ったろう」 声がする方を、キッと睨んで映子が答える。 「何がやばいか、ちゃんと教えてよ、木々(きぎ)くん!」
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!