プロローグ

3/3
前へ
/8ページ
次へ
最初から待つべき者などいないのではないか――ふと、少女の心にそんな疑いが忍び寄る。 不意に、潮を含んだ風が強まってくる。 暖かな陽光は暗雲にさえぎられ、冷気が少女をそこから追い立てるように舞い降りる。 彼方の空では稲光が、雲の腹に複雑な模様を閃かせはじめる。 少し遅れて雷鳴が、飢えた獣のうなり声のごとくとどろく。 風も泣き叫ぶ。 彼女を拒むように。 黒髪にあおられ、少女は不安そうに手のひらを胸に当てる。 指先に触れる硬質な感触。 獅子の指輪――それが彼女のよりどころとなる。 来る。 きっと来る。 そのとき自分を見つけられるように、少女はいつまでも待ちつづけると心に誓う。 彼は存在する。 そして彼女のいる場所を目指している。 なぜならここが約束の地だから。 二人で決めた再会の場所だから……。 突風が花びらを舞い上げ、視界を薄桃色に染める。 美しき嵐の中で、少女はにぎりしめた小さな拳を開く。 包まれていたのは純白に輝く一枚の羽根。 それは少女の想いを乗せて、風に高く運ばれていく。 空の果てへ。 時の狭間へ。 傷つき迷う、待ち人のもとへ――。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加