事後

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まだ第二次世界対戦が始まる前、ドイツではナチスを党首とするヒトラーという政党が政権を握っていました。 ナチスはドイツ人が世界で一番優秀な民族とし、ユダヤ人はそれをおびやかす最大の悪だと主張しました。 ナチスの政策により、ドイツ中のユダヤ人は差別・迫害されていきました。 ついにはユダヤ人やその地下等民族とされた民族は、収容所に囚人として収容され、過酷な労働を強いられ、使い物にならなくなったユダヤ人は次々殺されていきました。 そこでドイツのあるユダヤ人強制収容所に、ローリッツ大佐というナチスの親衛隊員の男が所長として働いていました。 彼はとても残酷な性格で親衛隊の中でも有名な存在でした。 収容所と言っても彼の仕事は囚人(ユダヤ人など)の薄名登録や監督なので、処刑は仕事ではありません。 しかし裏ではユダヤ人を勝手に殺したりしたのです。 本来労働力とならないと判断されたユダヤ人は皆、毒ガスやピストルなどで処刑されていました。 しかしローリッツ大佐は労働力があるなし関係なく殺害し、その方法も地味なのを好みませんでした。 部下の中にも残酷な人がいて、ユダヤ人をゲーム感覚で銃でバンバン撃って、殺した数を競ってる人もいた者もいたそうですが、ローリッツ大佐は芸術的じゃないと批判したそうです。 彼はより残酷で美しく芸術的な殺しかたを愛していました。 水槽の中で窒息させたり ガソリンを撒いて火をつけ火炙りにさせたり 手足をそれぞれ馬の首に繋がるように縛り付け、馬を走らせ人間の体が千切れる様子を鑑賞するなど人間としての感覚を疑うことばかりです。 あげくの果てにそのユダヤ人の死体を犬に食べさせました。 ガス室担当の親衛隊員や収容所の残酷な看守でさえも、その大佐の奇行を見て、 「頭がおかしいのか」 「サディストの究極だ」 「さすがに酷すぎる真似できない」 と顔をしかめたそうです。 しかし大佐は周りからそう言われたら嬉しそうに笑うのです。 いつしか大佐はユダヤ人達から 「ダッハウの処刑人」 と呼ばれるようになりました。 大佐の勤めていた収容所はドイツのダッハウという所にあったからです。
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