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夜、7時半ごろ。
修一は大家さんの部屋にいた。
タンタンタンと、野菜を刻む音。
ぼんやりとちゃぶ台の前に座っていた。
テレビがついてはいるがあまり興味のある番組でもなかった。
大家さんの方に目を向ける。
修一としては手伝いたかったのだが、大家さんがそれをよしとしなかった。
大家さんの後ろ姿に母を思い出し「故郷にかえろうかな」と思ってしまう。
修一の父は5年前に他界した。
驚くべきことに、その日は修一が上京して二年目に入る日だった。
その日、職場の友人と飲みに行き、突然の電話に酔った勢いでへらへらと答えたのを憶えている。
しかしそのへらへらは次の瞬間には消えることになる。
トイレの入口近くで表情も体も固まった。
電話口から聞こえてる母の声は、途中から聞こえなくなった。
こんなにも父を亡くすことが喪失感を伴うとは思っていなかった。
祖父と祖母はどちら方も自分が生まれるよりも先に逝っていた。
はじめての身近な人の死だった。
母は、それから一人きりだ。
弟は海外で働いているため、帰るとしても年に一度くらいだ。
修一もその葬式以来帰っていない。
つまり5年も実家には帰っていなかった。
……二、三日仕事を探してみて見つからなかったら、気晴らしに帰ってみよう。
修一はボーッと天井を眺めた。
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