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「そんなことしないもん」
「あら、そうなの?」少女の主張に母親は笑顔でそう答えると、胸の前で自分の手のひらを合わせる。
「それじゃあ、いただきます」母親のその一言に「いただきます」と家族が続いて言うと、少女は一番にナイフとフォークを手に取って目の前の皿の料理を大きめに切り分けてゆく。
「もう。そんなに急いで。大きく切ったら食べづらいでしょう?」
「はは。まぁ、楽しみにしていた分お腹も減っているんだろう」
「ふふ。私なんて今朝からずっと急かされっぱなしなんだよ?」
聞き慣れた家族の声は一切の不協和音もなく朝のリビングにその楽し気な笑い声を響かせる。
「もう……なんか私がはしゃぎ過ぎてるみたいな言い方しないでよぉ!」少女が顔を赤らめると、家族の笑い声に突然の不協和音が混ざった。
「ん?お父さんの携帯か……ちょっとごめんな」
父親はテーブルの上に置いた携帯電話を手に取ると席を立ち、窓際へと寄り電話に出た。
「こんな朝早くになんだろうね?」と少女が姉に聞いた時「私だ。どうした?何?急にデータが必要に?それなら私のPCに───」と父親の声色が変わり始める。
父親の声は多少の困惑を孕み始め、少女は不安げにその会話に耳を傾けた。
「私から直接?そう言われたのか?そうか……そう頼まれたなら仕方ないか───」
嫌な予感では済まないと会話に聞き耳を立てていた少女は思った。高揚した気分がどんどんと沈み込んでいく感覚。父親の声は笑っていた時のものではなく、家の中でもたまに耳にする、仕事が関わった時のものだと判ってしまう。
「判った。では九時にはそっちに着く。あぁ。それじゃあ」
「パパ?」父親が電話を切ると少女は恐る恐る声をかけた。
「ごめんな。部下から今連絡があって、お父さん今から会社に───」
「だめ!」
「いや……昼頃には合流出来る筈だから先にお母さん達と───」
「いや!パパも一緒じゃないと駄目!」
父親の困惑を浮かべた言葉に覆い被せる勢いで少女は拒絶を口にする。
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