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不愉快だった。
濡れた衣服の感覚も。媚びるような母親の声も。目に眩しい光も。
キッチンから四十代前後の女性が出てきた。
化粧をし髪を巻いている。ノースリーブのフリルシャツに黒いボレロ。
どう見てもよそ行きの服の上から、ペラペラの安物のエプロンをかけた違和感を覚える格好だった。
母親は豊高の後を追うように歩く。
「お腹すいた?何かいらない?」
濡れて帰ってきた豊高に対して的外れな気遣いの言葉。
豊高は母親を無視して自室に篭り、無造作にドアを閉めた。
「夕飯、もう少しだから待っててねえ」
猫撫で声がドアの外から聞こえた。豊高はやはり返事もせず学生鞄を乱暴に勉強机の上に置き、ベッドに寝転んだ。
母親の、おどおどしたような、顔色を窺うような態度は今に始まったことではない。豊高が物心ついたときからそうだった。
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