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すると、何かにぶつかってしまった。
電柱のような固い感触ではない。
眼鏡を上げると、少年はぎょっとした。
目の前には一人の人間が佇んでいたのだ。
それも傘を差さずに。
しかし、雨に濡れて顔に張り付く黒髪とシャツ、それからうかがえる細身の体、何より吸い込まれるような切れ長の目の奥の黒い瞳。
一瞬男性か女性か分からなかった。
とても美しい造形をしている。
「名前」
「は?」
不意に口を利いたため、少年はきょとんとした。品があり不思議な響きの声だった。
どちらかといえば男性に近い。
「お前の名前は?」
無表情のまま続けた。
「立花、豊高」
少年ー豊高は答える。
「ユタカ・・・・・・」
その名前を呟いたきり、黙ってしまった。沈黙が雨とともに降り注ぐ。
今や豊高の耳には雨音だけが響いていた。
「来い」
また不意に言葉を発した。豊高に背を向け、すたすたと歩き始める。
豊高は何故か、自分でも分からなかったのだが、後を追っていた。
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