序章

3/3
128人が本棚に入れています
本棚に追加
/464ページ
すると、何かにぶつかってしまった。 電柱のような固い感触ではない。 眼鏡を上げると、少年はぎょっとした。 目の前には一人の人間が佇んでいたのだ。 それも傘を差さずに。 しかし、雨に濡れて顔に張り付く黒髪とシャツ、それからうかがえる細身の体、何より吸い込まれるような切れ長の目の奥の黒い瞳。 一瞬男性か女性か分からなかった。 とても美しい造形をしている。 「名前」 「は?」 不意に口を利いたため、少年はきょとんとした。品があり不思議な響きの声だった。 どちらかといえば男性に近い。 「お前の名前は?」 無表情のまま続けた。 「立花、豊高」 少年ー豊高は答える。 「ユタカ・・・・・・」 その名前を呟いたきり、黙ってしまった。沈黙が雨とともに降り注ぐ。 今や豊高の耳には雨音だけが響いていた。 「来い」 また不意に言葉を発した。豊高に背を向け、すたすたと歩き始める。 豊高は何故か、自分でも分からなかったのだが、後を追っていた。
/464ページ

最初のコメントを投稿しよう!