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都内のある閑静な住宅街の一角に、雑草がぼうぼうと生えているだけの空き地がポツンと残されていた。街頭の明かりに照らされて、雪がチラチラと舞っている。
空き地には「売り地」の看板が立っているものの、買い手がつかぬまま1年が過ぎた。
空き地に新しく家を建てようとする者もなければ、公園にしようと提案する者もいない。
昨年のクリスマス、この土地に家を構えていた一家4人が火事で亡くなった。
当初テレビや雑誌の記事では
「クリスマスの悲劇」などと報道されていたが、もはやこの空き地に注目する者はいない。近所の子供たちの間で、死んだ家族の幽霊が出るというたわいもない噂が流れているだけだ。
そんな寂しい空き地の草むらに、身を潜める一匹の黒猫の姿があった。
オス猫には、1年前まで何かしらの名前があったことは間違いない。しかし、今はその名を呼ぶ者がいないので、彼自身自分の名を忘れてしまっていた。
ただ、空き地の前を通りかかる住人や子供たちが、彼を「クロ」とか「クロちゃん」と呼ぶので、猫も自分はクロなのだと思っていた。
クロは家に面した通りをじっと見つめている。今にも空き地の前に車が止まって、家族が「ただいま」と手を振って帰宅すると信じていたからだ。
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