ひとりぼっちのクリスマス

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クロも、心のどこかでは家族がもう戻ってこないことを悟っていた。でも、信じることができない。火事の現場に居合わせなかったからだ。 昨年のクリスマス、家の中は例年通り大にぎわいだった。いつもよりちょっとぜいたくな料理が食卓に並び、奥さんと旦那さん、そして中学2年生の小百合ちゃんと、小学5年生の陽介くんの会話が絶え間なく続く。 食事が終わると、陽介くんがいつものように「あそぼー!」と言ってクロの尻尾をつかんできた。 陽介くんはただ遊びたいだけなのだが、騒がしさが嫌いなクロは、何かと自分をいじくり回す陽介くんに迷惑していた。疲れるし、なによりせっかく手入れした毛並みが乱れる。 いつもは我慢していたクロも、その日だけは陽介くんの手をすり抜け、ドアに取り付けられたペット用の出入り口から外に出た。 みんなが寝静まった頃、また帰ってこよう。 家の外は、いつもと雰囲気が違って賑やかだ。この時期になると、なぜ人間が浮かれ立つのか、クロには理解できない。 住宅街や商店街の通りを歩いていると、見知らぬ人々が 「あら、かわいい猫ちゃん」 と顔をほころばせてクロに手を伸ばす。すぐに飛び退いて逃げた。 クロは、家族以外の人間に決して心を許さない。子猫の時に捨てられた記憶が、脳裏から離れないからだ。
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