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有坂チロルは完璧超人である。それはクラスメートのみならず、峰ヶ丘学園に通う者ならば皆が皆認識していることだろう。
眉目秀麗、公明正大、頭脳明晰と見事に三拍子が揃った天才。それが有坂チロルに対する一般的な認識であり、つまりは峰ヶ丘学園の常識ということになるのだが、俺は今現在その有坂からストーキングされている。
妄想だと隣席の奴には言われたが、馬鹿を言うなと内心で叫んでやった。何せ今だって電柱の陰に有坂は潜んでいるのだから。
理由ならば……残念な事に解っている。
――それは俺が、有坂のカンニングを目撃してしまったからだ。
単にその美貌に目を奪われてしまっただけで、そんな気は一切なかったのだ。それがたまたま……まったく、自分の不運を呪いたくなる。
あの日は峰ヶ丘学園では恒例のクラス振り分け試験だった。小中高一貫のマンモス校である峰ヶ丘学園では、高校受験の変わりにその試験を受けるのだそうだ。
別中学からの入学希望者も同上。そして俺は後者、公立中学からの受験生だった。
そしてそこで出逢った美少女が有坂チロルその人であり、現在俺の背後で息を潜めているストーカー野郎なのだ。
言い訳をするようではあるが、俺は別に試験官にその事は告げていないし、有坂のカンニングという行為は他言すらしていない。
それなのに二ヶ月近く有坂から付け回される生活を送っているのだ。いい加減、その理不尽な対応に怒鳴りたくなってくる。
大体、俺は何も悪いことはしていないのだ。
有坂が俺と同じ“Sクラス”になってしまったのだって、こちらに非はないはずだ。
そう考えていたら苛立ちが募ってきた。不快な梅雨という季節も悪い。
柄ではないが文句の一つや二つ、叩きつけてやろう。そう決意して踵を返した時だった。
足許から、か細い鳴き声が登ってきた。
「……猫」
だった。雨に曝され、黒い毛もペタンとさせた子猫。そして付け加えるならば捨て猫。
お行儀良くダンボール箱にお座りしている辺りが“非常に怪しい”。
というのも、俺はこの二ヶ月間、有坂製の数々のトラップに脅かされてきたのだ。その中には命の危機すら感じる代物も用意されていた事があったが……この猫には一体、どのような仕掛けが施されているのだろうか。
皆目見当もつかなかった。
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