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男が振りかぶる。女の子は先程の首絞めで動けない。
刃の軌道はスローモーションのように彼女の胸元へ下りていく。
(やめて……!)
私の声にならない叫びは一連の流れを止めることが出来なかった。
刃が深々とあの子の胸に沈み込む。
静寂が辺りを包み、先程の攻防が嘘のように静かだ。
そして、薄明りが映し出す少女の身体に深々と刺さるナイフは柄(え)の部分しか見えない。
「ふん。抵抗しなけりゃあ気持ち良く逝けたかもしれなかったんだがな。まぁいい。そろそろ行くか」
男はポツリと呟いてベッドから降りると、そのまま部屋を出て行った。
階段を下りていく足音が聞こえなくなる。けれど、私は座り込んだまま。
私の代わりに襲われ、ナイフを突き立てられてしまった彼女のことを思い、罪悪感からこの場を動けずにいるのだ。
それからどのくらいの時間が経ったのか、何かに突き動かされるように手足を動かす。
あれだけ私を拘束していた金縛りは既に解けていたらしく、身体は意のままに動かすことが出来た。
ただ、難なく動いたからこそ、自分自身に失望する。
暗く鬱屈した気持ちを抱えた状態で押し入れから出る。そして、ベッドの横へ歩み寄った。
目に入ってきたのは、目を覆いたく凄惨な光景……ではなく、懐かしい人形と、その胸元に深々と刺さっているナイフ。
私そっくりな人影ではなくなっていた。
けれど、この子は私を庇って刺されたんだ。それを考えると再び涙が溢れてくる。
「ごめんね……私のせいで……私があなたのことを忘れてなければ……こんなことには……」
頬を伝う温かい雫は止めどなく流れ続ける。
私は彼女の胸に刺さっているナイフを抜き捨て、ぎゅっと抱き締めた。
子供の頃はもう少し大きく感じたのに……今は、とても小さい。
「ごめん……」
(……どうして謝るの?)
「だって……私が悪いのに……本当は、私が殺されるはずだったのに……なのに……!」
(だから代わったんだよ)
「なんで……? 私はあなたを……今まで忘れてたのに……」
(友達に危険が迫っているって知ったら、何もせずにはいられなかったの)
その一言は私の胸に深く響いた。
「友達?」
(うん。私達は友達。初めて会った時からずっと。だから、全然寂しくなんてなかったよ。これからも千歳ちゃんと一緒に居れるよね?)
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