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陽気な露店商の男は、私の隣で唸るオーサーが剣呑な空気を放っても、にやにやと笑うばかりだ。
嫌みがあるわけではないので、別に私は彼を嫌いではない。
「ヨシュおじさん、これ、ありがとう。
オーサー、行こう」
一気にトマトを食べ終えてからの謝礼の言葉と同時に、私はオーサーの手を握って、また走り出す。
私たちを見送る露天商のヨシュは、相変わらずの笑顔を浮かべたままで、片手をあげて返してきたのだけが見えた。
村の小さな商店街を抜けるとすぐに村を十字に分ける角があり、左に折れると一面に緑の高い草が生えそろう畑が視界を覆う。
その緑の壁に沿うように作られた道沿いに七、八軒の並んだ家の中、角から二つめの古い木と土で作られた小さな家の前で、ようやく私は立ち止まった。
並んで立つオーサーはまだ肩で荒い息を繰り返している。
商店街で立ち止まってからそれほど走ったわけではないし、きっとこれはその前の疲れが残っているからだ。
「オーサー、体力落ちた?」
「アディが早すぎるだけだよ」
「これでも加減して走ってたよ」
「……わかってるよ」
追いつけないのはわかっていると言いながら、何故オーサーがむくれているのか、私にはわからない。
聞いてもたぶんわからないだろうから、目の前の扉の前に意識を移す。
この向こうにいるのはオーサーの実の両親で、私にとっては養父母だ。
血はつながっていないけれど、オーサーと分け隔てなく可愛がってくれた、とても良い人たちだ。
だけど、いくら良い人たちでも、いくら可愛がってくれていたとしても、二人ともきっと怒るに違いない。
だって、私は彼らの一番大切なものを連れていこうとしているのだから。
オーサーと繋いだままの手に、自然と力が入る。
自分がどれだけ大きな裏切りをするのかとわかっていても、これだけは手放せない。
オーサーが私を拒絶しない限り、私はオーサーと離れたくない。
「大丈夫だよ、アディ」
穏やかなオーサーの声で、引き始めの弓の弦みたいに張り詰めていた緊張が和らぐ。
理屈でなく、いつもそうやって隣で支えてくれるから私が安心できるのだと、この弟は知ってくれているのだろうか。
「一人で行かせないから」
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