62人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの、……お名前、教えて下さい」
やはり初対面なのだから、名前くらい聞いた方が良いと思い、明日拓は質問する。ピタリと止まる表情。そして俯いた彼は何も言わなくなってしまう。
「…知られたくないんですか、」
明日拓はそう思うしかなかった。これ以上の拒絶を受けたら、明日拓は彼との会話を断念しない自身は無い。
すると彼は真っ先に首を横に振った。眼がそうでない事を必死に訴えている。懇願するように顰められた眉を見て、明日拓はどうしていいのか分からなくなってしまう。
「……じゃあ、どうして……」
どうしようもないやるせなさに、明日拓は狼狽した。
するとそれを見た彼は、ためらう様に、知られたくない様に、手を首に当てて口を開いた。開いた、と言うのは間違っているのかもしれない。彼は必死で何かを語りかけようとしている。それでも空気は少しも振動してくれない。
明日拓はやっと彼の置かれた状況を理解した。
それからすぐに、紙と書くものを用意して、初めに綴った。
『僕は明日拓と言います、貴方は』
そう書き終え、明日拓が紙を差し出すと、彼はそれを受け取り、目に映した後に、微笑んだ。初めて見た彼の優しく、鋭い笑顔は、明日拓の不安を一瞬にして払ってくれる。
最初のコメントを投稿しよう!