第四章

4/9
前へ
/24ページ
次へ
      「あの、……お名前、教えて下さい」  やはり初対面なのだから、名前くらい聞いた方が良いと思い、明日拓は質問する。ピタリと止まる表情。そして俯いた彼は何も言わなくなってしまう。 「…知られたくないんですか、」  明日拓はそう思うしかなかった。これ以上の拒絶を受けたら、明日拓は彼との会話を断念しない自身は無い。  すると彼は真っ先に首を横に振った。眼がそうでない事を必死に訴えている。懇願するように顰められた眉を見て、明日拓はどうしていいのか分からなくなってしまう。 「……じゃあ、どうして……」  どうしようもないやるせなさに、明日拓は狼狽した。  するとそれを見た彼は、ためらう様に、知られたくない様に、手を首に当てて口を開いた。開いた、と言うのは間違っているのかもしれない。彼は必死で何かを語りかけようとしている。それでも空気は少しも振動してくれない。  明日拓はやっと彼の置かれた状況を理解した。  それからすぐに、紙と書くものを用意して、初めに綴った。 『僕は明日拓と言います、貴方は』  そう書き終え、明日拓が紙を差し出すと、彼はそれを受け取り、目に映した後に、微笑んだ。初めて見た彼の優しく、鋭い笑顔は、明日拓の不安を一瞬にして払ってくれる。     
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加