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秘密の逢瀬の、始まり。小さく呟いた言葉は、冗談だと言って笑い飛ばせないほど重く響いて、なんだか妙に可笑しくなった。
マフラーに顔を埋める。頬に冷たい風が突き刺さる。殆ど感覚のない手でやっと携帯を開くと、メールが一件「あと一分で着きます」
わざわざ知らせなくてもいいのに、律儀な奴。思わず微笑むのと同時に、背後に人の気配。わざと振り返らずに待つ。そうすれば、多分、
「お待たせ、しました」
聞き慣れた、穏やかな声。そして身体に馴染む長い腕の感触。
想像していた通りの行動に笑えば、顔を覗き込まれる。目を合わせて、また、笑う。なんだかこそばゆい。
「なんかさ、」
「はい?」
「俺ら学生みたい」
可笑しくて、可笑しくて、笑いが次から次へとこぼれる。目に涙が浮かぶ。奴は何も言わずに、指先でそれを拭う。
ほんとに、俺、可笑しくて堪らない。また、目に涙。奴が一瞬、悲しそうな顔をする。
「…寒いでしょう」
「うん」
「行きましょうか」
「…うん」
差し出された掌に自分の掌を重ねて、導かれるまま暗い夜道を歩き出す。
斜め後ろから見た奴の表情が、少し険しい。俺が愛おしげに目を細めたのに、奴はちっとも気付かない。
「…そんな顔したって、しょうがないんだよ」
諭すように言う。自分でも驚くくらい優しい声。奴が悔しげに顔を歪めて「分かってます」と言う。強く握られた掌が、痛くて、熱くて、無性に泣きたくなった。
秘密。内緒。絶対に、絶対に、知られちゃいけない。
それとね、勘違い、しちゃいけない。だって俺達には、戻るべき場所がある。
(夜道。お互いの左手の薬指を締め付けるものは、きらり、より一層、輝きを増す)
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