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「貴方は、どうしてここに?」
男をリビングのソファーに座らせると、女は問うた。
「あ……噂を聞いて……」
「噂?」
「只同然で、相手してくれる人がいるって……」
「ああ、なるほど」
気が抜けてうっかり口を突いて出た露骨な台詞にも、女は気分を害した素振りはなかった。
得心した様子で頷くと、男にハーブティーを勧める。
「粗茶ですが、どうぞ」
「あ……いただきます……」
どうやら彼女は、当初からの目的であった事を急くような不粋な女性ではないらしい。
ちょうど喉が渇いていた事もあって、男ががぶりと口に含むと、それは甘くも爽やかな薫りを放ちながら広がった。
「うま……おいしい、です」
思わず感想を漏らせば、女は嬉しそうに目を細める。
「良かった。手をかけた甲斐があります」
「え、ご自分で作ったんですか?」
「原料の茶葉は知人が育てた物ですが、選定やブレンドは私がしています」
「へぇ、すごいな」
男が頻りに感心していると、女は何故かくすくすと笑い出した。
「な、何か変な事でも言いました?」
「ふふっ……いいえ、あまりに純粋に驚かれるものですから、つい。
そもそも貴方は、私とどうこうなろうという方の目をしていませんね」
「え……」
「大方、お知り合いが私に誑(たぶら)かされたのではないかと心配してここまで来たか、或いはご自身が噂の悪女を説得しようとでもお思いになったか……そんなところでは?」
「……確かに本当に噂通りの女性なら、止めようと思って来ました。
大事な友達も勿論そうだけど、貴方だって何か理由があってやってるんでしょ」
「貴方は、お優しい方ですね」
「そんな事は……」
「お優しいですよ。私はずっと、こんな方法でしか人を確かめる事が出来ませんでした。……お互いに傷付け合うだけの、こんな方法で」
不意に女の横顔が陰る。
女というのは大概こういった演技が上手い生き物なのかもしれないが、それが数多の男を手玉に取る女の顔にはとても見えず、聞き手であった男は、思わず口を開いていた。
「良ければ話してください。それで、少しでも貴方が楽になれるなら……」
ただただ、彼女を救いたい。その一心で――。
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