上原早紀 二

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 昼下がりの住宅街は、何とも言えぬ緩慢とした空気が流れている。  九月の強い日差しは通りのアスファルトを焦がし、その熱気は確実に人通りを減らしていた。  ピンポーン。  入り組んだ住宅地の中でも、外からは庭を見通せないほどの高い垣根が立派な家だった。  インターフォンを鳴らした女は、門扉に取り付けられたカメラに向かって柔らかく微笑む。 「こんにちはー」  ゆるいパーマが掛かった髪は、丁度鎖骨に付く長さだった。少し小首をかしげ、顔に垂れ掛かった髪を耳に掛ける。  ピンポーン。  再度鳴らす。玄関先を覗きこんだが、ひと気は感じられなかった。 『九月×日14:00 沢田邸 不在』  肩に掛けた大きな鞄から手帳を取り出し、呟きながら書き込んだ。  彼女の名前は上原早紀。二十代半ばで所謂中肉中背、容姿も十人並みでこれといった印象の残りにくい女だ。  カッチリしたベージュのスーツを着込み、足元は歩きやすそうなタウンシューズだった。  金に近い茶色の髪は清楚とは言いがたい色合いだが、昨今はさして珍しい髪色でも無いだろう。
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