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「なんてこった。こんなにも先輩の事を想っているのに、僕の気持ちは全然届いていない」
彼は狼狽するように頭を抱える。この手の軽口は真に受けるほうが恥を見るのだ。
私は何でもないように口を開いた。
「ああ、それならこの前ちゃんと届いたよ。ダイレクトメールと一緒に捨てちゃったけどね。ちゃんとハサミで細切れにしたから心配しないで。君の個人情報は私が守るわ」
「親切心が牙を剥いてるっ!?」
「牙じゃないわ。綺麗な薔薇には棘があるって言うでしょ?」
「先輩が棘役でしょう。綺麗な薔薇はどこですか?」
「なんなら刺そうか?」
「遠慮します」
彼は手をひらひらとやって私の鋭い視線を弾いた。それからいつものように軽口を叩くのだ。
「まぁ、そんなギザギザハートの先輩を包んでくれるような男は僕ぐらいですね、きっと」
「引く手あまただよ。引っ張りだこだよ、ばかやろー。例えその手が君の手一つに減ったとしても、その手を取るなんてことにはならないよ」
「そんなっ! 僕はこんなにも先輩の事を想ってるのに! 昨夜だって先輩の事を考えていたら胸が締め付けられたかのように苦しくなって、眠ることも覚束無かったんですよ。寝てる間だってなんだか息苦しくて何度も起きてしまうし」
「それ多分ね、君が最近ハマってるっていう男性用ブラジャーのサイズが合ってないせいだと思うよ」
「えっ! そんなはずは」
彼はワイシャツの襟元から、首をすぼめて中を覗き込んだ。ノリがいいのだろうが、彼ほどの変人ともなるとその胸にフリフリ付きのブラジャーが装着されていても、もはや私は驚かない。
彼はブラジャーの位置を直すような真似をしながら、カラリとした口振りで言う。
「そう言えば、先輩の引っ越しもうすぐですよね?」
「そだよ」
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