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   ◆    どこからか聞こえたのは聞き覚えのある声だった。屋上に響くその声は青空のように爽やか。   「また来たんですか、先輩」 「また来たぜ、後輩」    後ろ手に扉を閉めて、その人は僕の隣に座り込んだ。まだ鼻声だねぇ、なんて言いながら、膝の上に巾着袋を載せて弁当箱を取り出している。    この人は僕のイッコ上の先輩。三年生で受験生だ。  赤いチェックのスカートに、リボンが強調された胸元。  背中まで伸びた黒髪は艶やかに輝り健康そうに揺れている。  長い睫毛に二重瞼の大きめな目は、眼ってのはホントに球なんだと気付かされる程パッチリしてる。  スッと通った鼻筋に控えめで形の良い唇。雪のように白く透明感溢れる肌だが、頬だけはほんのり桜色が差している。  僕の数少ない女性の知り合いである。   「そんなに僕と一緒に弁当食べたかったんですか。残り僅かな時間を僕と過ごしたい、そう言ってくれれば僕だって――」 「うはー! プチトマトだらけだ! なんだこりゃ! わけわかんねー!」  弁当箱の蓋を手にしながらはしゃぐ先輩。僕の言葉は完全無欠に無視された。   「ってそりゃ僕の弁当箱じゃないですか」  僕は弁当箱が置いてあった筈のスペースに視線を送る。勿論何もない。それは今、先輩の掌の上にあり好奇の目に晒されている。    僕の弁当箱の中身は確かにプチトマトだらけだった。6割を銀シャリが占め、残りを赤いプチトマトが彩る弁当箱は、確かにわけわかんねーモノだった。    これはうちの母の手口だ。朝起きて冷蔵庫に食材が無いとき、もしくは朝起きれなかったとき、母は銀シャリにプラス一品で済ませる。  銀シャリと言えば聞こえは良いが、つまりはフリカケすらも面倒臭いということだ。一品と言うのも、実際には今日のように食材を洗っただけな事がままある。洗ってない可能性だって十二分に有り得た。  全身全霊の手抜きだ。手抜き無しの手抜きなのだ。   「愛を感じるね」 「え、どこにですか」 「どんなに忙しくてもコンビニ弁当なんて味気無い物に頼らず、栄養は偏るけどそんなことには負けない君の身体の強さを信じてるからこその、愛のある弁当だよこれは」  とか言いつつも顔は笑ってる。もっともだ。そんなひねくれた愛があってたまるか。  
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