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先輩の弁当が半分程減った頃、僕もようやく箸を手にした。
弁当箱の中身は半分近くが何もない空間。残りは米粒。
いつだったか一度、弁当箱いっぱいのご飯に梅干しを一つ中央に埋め込んだだけの時があった。ひどく貧相な日の丸弁当。愛国心も薄れるような味気無い物だったが、プチトマトを奪われた今、この弁当はあの日の丸を越えた。
「糖尿病治療で大事なのは食事療法でしょ? この前テレビで見たよ」
隣の先輩が水筒の麦茶を僕にすすめながら言う。僕は頷きながら受け取ってコップに口を付けた。
「それなのにそのお弁当はやっぱりどうかと思うな」
「さっきは愛に溢れてるって言ってたじゃないですか」
「時には愛が人をダメにするんだよ。お母様とよく相談しな。お米だってね、よく噛んだらデンプン質が糖化しちゃうんだから。それから、食事療法はバランスだよ。少なくともビタミンは摂りなさい」
先輩は至極まともな事を言った。1型糖尿病のことを知っていたことといい、どうやら糖尿病について自分で少し調べたみたいだ。
僕の身を案じての行動なら素直に嬉しい。調べたことを悟らせまいと、テレビで見た、なんて後付けするところも萌えるものがある。
それでも僕はコップを返しながら、照れを隠すように言う。
「ビタミンAとビタミンCの宝庫で、さらにリコピン、食物繊維、ミネラルまで摂取できる素晴らしい果実であるところのプチトマトが入ってたんですけどね、何者かに鉄拳で気絶させられている間に奪われてしまったんですよ。酷い話でしょう」
「それから運動療法も大事。君帰宅部なんだから意識的に運動しなきゃ」
僕の言葉はまたも無視された。どうやら都合の悪いことは聞こえないらしい。中耳あたりにフィルターでも入ってるのかもしれない。
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