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応接室を出ると、もう一人の従業員である松本が心配げに千波を待っていた。
「すみません、松本さん。開店準備押し付けちゃって……」
「そんなんはえーけど……店長、何の話やったん?」
千波が抱えている書類にチラッと目を向けながら、窺うように松本がそう聞いてきた。
「え、あー……」
千波は苦い笑いを返す。
正直この時はもう、昨日からのショック続きで頭がどうかしていたのかもしれない。
千波が簡潔に事の成り行きを話すと、松本は呆れたような顔をした後、一転して憤慨したように眉を吊り上げた。
「何それ。何でそんな子の為に千波ちゃんがここを辞めなあかんの」
「………確かに納得はいかないですけど、誰を切るかって言ったらやっぱり私になりますよ」
千波は努めて明るい表情を作った。
松本は母子家庭のうえに、子供はつい最近私立の高校に入学したばかり。
今日はシフトに入っていない圭子も、実は縁故でここに勤務しているのだ。
「クビやから失業手当すぐに貰えるみたいやし、退職金も多めに出すって言ってくれてるんで。しばらくはそれで頑張って、ぼちぼち就活します」
「………………」
松本は何とも言えない表情で黙り込んでしまった。
その時一人目の客が店に入ってきたので、話はそこで中断し、二人はそれぞれの持ち場に戻った。
デスクに失業手当用の書類を置いた千波は、ふと窓から見える海岸に視線を落とした。
(………あの人を見ることも、なくなるんやなぁ……)
先日、短い会話を交わしたあの一瞬を思い出し、千波の胸にチリッとした小さな痛みが走った。
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