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最後の勤務を終え、いかにも急拵えで用意された花束を持った千波は、真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、ふらりと店下の海岸に立ち寄っていた。
今祖母の顔を見ると泣いてしまいそうで、病院に行くこともできなかった。
余計な心配をさせて、また容態が悪化しては適わない。
「…………はあ………」
水平線を真っ赤な夕陽が沈んでいき、どこからかヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。
ただでさえ秋は物悲しいというのに、今の千波はまさに人生のどん底だった。
いつもあの男性が座っている場所に、腰を下ろしてみる。
今日は男性は海岸に姿を見せなかったが、いつも彼がこの景色を眺めていたのかと思うと、ほんの少しだけ男性に近付けたような気がした。
(……私……よっぽど前世で悪行重ねてきたんかなー……)
でないと、こんなにいっぺんに悪いことが身に降り懸かることの説明がつかない。
………こんなにいっぺんに、大事なものを失うなんて……。
千波はバッグの中から、ブラウンのパスケースを取り出した。
落ち込んだ時に眺める、家族の写真。
「……………っ」
だがこの時の千波には逆効果だった。
じわりと目に涙が浮かび、千波は慌ててそれを拭って立ち上がった。
夕陽に向かい、仁王立ちになる。
「入院中のばーちゃん抱えて無職って、これからどうしたらいいんよーっ!!」
声の限りにそう叫び、千波は力いっぱい花束を海に向かって放り投げた。
「バッカヤローーーっっ!!」
渾身の憎しみを込めてそう叫んだ千波だったが。
ザッという砂を蹴る音が背後から聞こえ、慌てて口を噤んで後方を振り返った。
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