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「すみません」
レジのほうから声をかけられ、伝票整理に夢中になっていた千波は顔を上げた。
平日のこの時間はいつも暇で、気を抜いていたせいか客が店に来ていたことにも気付いていなかった。
(………ヤバいヤバい!)
慌ててデスクから離れ、千波はレジへと向かう。
「お待たせしました」
言いながらレジの前に立つ男性を視界に入れた千波は、ハッとして一瞬動きを止めた。
(………この人……)
男性はペットボトルのコーヒーを千波の前に置き、財布を取り出した。
千波はドギマギしながらコーヒーをレジに通す。
「………165円になります」
「はい」
男性はスッと千円札を差し出した。
「袋にお入れしますか」
「いえ、結構です」
「ありがとうございます」
ペットボトルにシールを貼り、お釣りを手渡したその時。
男性がボソッと口を開いた。
「…………綺麗ですね」
唐突な言葉に千波はドキリとしたが、男性の視線は別の方向へ注がれていた。
その視線を追った先には、花器に生けた藤袴の花があった。
(なんや、花のことか……)
千波の体から一気に力が抜ける。
勘違いした自分が滑稽で、思わず口元に手を置いて笑みを漏らした。
「一週間に一回、季節の花を生けて飾るんです。この先のフラワー園と提携してまして、月曜の朝に届けてくれるんです」
「………そうなんですか」
千波が説明すると、男性は納得したようにそう返事した。
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