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「…したい?」 からかう声音ではありません。楼二の顔は見たいけれど自分は見られたくない。俯いていると楼二は顔を上げろと命令しました。 「おいで」 楼二は終始落ち着きはらっていました。一度も部屋から出たことのないこの男は、私よりもずっとずっと成熟していて、あっと言う間に抱きすくめられて引きずられ、気も遠くなりそうな快感で文字通り失神しかけました。私はその日まで、接吻すらしたことが無かったのです。 楼二への独占欲は日に日に募り、私は朝帰るのを嫌がるようになり、それが楼二には大層困った事態であることは重々承知していながら恨み言すら吐くようになり、ある晩とうとう「もう来るな」という最終宣告を受けました。 「俺のこともこの部屋のことも忘れろ」 「無理です」 「ないものなんだよ。最初からなかったことになってるんだ、俺は」 楼二の声は最初と変わらず甘くて優しかった。あんなことがあっても、楼二には何の変化もないのです。最初からいなかったのは私のほうじゃありませんか。 「歩、おまえはちゃんと向こうでいろんなもん見て生きていかなきゃいけないの。こっちに入り浸ったらおかしくなる。夢だと思え。忘れろ」
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