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強く、風が吹いていた。
三月の風に乗る冷たさに、僕はそっとマフラーを口元に寄せる。
地面に散らばる落ち葉は、風で転がるように地面を這い進み、そのうちのいくつかはスーツの裾から覗く革靴に絡まり、行き止まりであるかのように動きを止めた。
「はぁっ、やっぱり寒いな」
首のマフラーから漏れた吐息が、僅かに白く濁るのが見えて僕はマフラーを巻き直す。
指は寒空の下でずっと立ち尽くしてので、かじかんで随分前から痺れている。
チラチラと降り注ぐ白い物が肩につもり始めていて、僕はいい加減に帰るべきかも知れないと黙考する。
落とした視線の先には、冬に鮮やかな色に彩る花が咲いていた。花屋に見繕ってもらったので、花言葉はおろかキチンとした名前すらわからない薄紫の切り花だ。ただ見た目が綺麗だったから買ったものだ。
白けた細長い花瓶に刺さった花は、活けた僕と深々と降り注ぐ雪にだけ薄い紫色を見せていて、それが僕にはなにか酷く勿体ない気がした。
ふと、顔を上げて僕は辺りを見回して見る。
そこには人影がなく、どこまでも閑散としていた。
「今年も誰もいないや」
等間隔に設けられた各家庭の敷地には、その一つ一つに屹立する御影石が飾られ、そのいくつかには花やお菓子が添えられていた。御影石には様々な苗字が刻まれていたが、いま参っているのは僕だけのようだった。
遠くに見える古びて寂れた建物も、玉砂利に囲まれ枯れているように見える柿の木にも興味を抱けず、僕は視線を目の前の御影石に視線を戻す。
そこには僕の苗字は刻まれていない。僕の親戚の苗字も刻まれていない。
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