序章

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* 現は目を開けた。 また、あの日の夢を見ていたのである。 外から漏れる光。日はすでに高く上っている。 現は草枕を蹴飛ばした。昔の記憶を夢に見るのは胸くそ悪い。ついでに脂汗もかいている。 高棚から水挿しを下ろしがぶがぶと飲むと、現は小さな家の中を見回した。 柳(やない)がいない。 「またか……」 柳は現の義妹である。 そしてあの雨の日現を救った命の恩人でもある。 柳は不思議な力を持っていた。 短時間で人の疲れを癒やし傷を治す。医薬ではなく、人の悪い部分に触れることで癒やすことができる。その力で、先の腐った現の傷を治したのである。 今年で現は十八、柳は十五になる。 その昔、山道で野垂れ死ぬ寸前だった現を救った柳は、現を村へ連れて帰った。しかし南の村では、現のような異質の者を拒んだ。 カムチーの一族は外見でも他の人間とは異なっていたのである。高身長で高い鼻と彫りの深い目に青い瞳。低身長で黒髪、黒い瞳ののっぺらとした顔の人々には、現は差別の対象にしかならなかった。 また身分も出の地も見当がつかぬ。異形ゆえに性質も分からぬ。 そこで柳は機転を利かせ、弱っていた現を捨て置けないと現を義兄にすることで村に迎え入れた。 柳には家族がいなかった。身よりのない者同士、何か惹かれるところがあったのかもしれない。 介抱の甲斐あってか現は本復し、八年もの間本物の兄妹のように二人で暮らしてきた。 生活は決して裕福なものとは言えないが、平和で幸せである。
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