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「おい」
現は後ろから声をかけた。男たちが振り返っておののいた。
「わ! ……現! 現だ!」
怖がるくらいなら何も言わなければいいのにと思う。現は寝起きのざんばら髪をぼりぼりと掻いた。
「俺ぁ今、虫の居所が悪くての。まず息災で明日の朝日を拝みてぇんなら早よ去いでなんしょ」
「何を言ってやがる! 今日こそぶちのめしたらぁ!」
ひとりが研いだ石の短剣を振りかざした。
しかし現、その攻撃をひらりと受け流し相手の胸ぐらを掴み片手で持ち上げてしまう。
ひゃあ、と男は声を立てて投げ飛ばされた。
「……おい、いくぞ!」
男たちは震え上がって、負け犬の遠吠えもぬかせずにその場を立ち去った。刃物を所持した多勢であるのに、やはり現の威圧に負けたようである。
「あにさま」
現の逞しい背中にぴったりとくっつくと柳は小さく呟いた。雪の白さをした肌に睫毛の長い大きな黒い瞳が、桜色の形のよい唇が、計り知れない女性美を醸し出している。
「離れやれ。歩きづらくてかなわん」
現は冷たくそう言った。
柳は俯いたままだった。
「ごめんなさい。晴れているうちに洗濯しようと思ったの」
「そりゃ偉いがひとりで出歩くなし。毎度毎度迎えに行くにも一苦労じゃ」
「……」
柳は返事をしなかった。
今は秋の始めである。田は青々と輝き豊作を予期している。
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