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そんな不自由なことなど何ひとつない地上の楽園は、果たして永遠に続くことはなかった。
ある一日にして、カムチーの一族は崩壊を期するのである。
現はその日の出来事を今でも夢に見る。
現が十になった年であった。
その日、現は山に山菜を採りにひとりで出掛けていた。
晴天であった。夕方になり山の中腹で滋養に良い山菜をひとしきり採り終わった現は、山を少しずつ下りながら近くにあった蛇苺の実をつまんで食べていた。
と、そのとき異様な臭いが辺りに漂っていたことに気づいた。悪臭はどうも草木が燃える臭いではない。鼻がもげそうな、屍を焼く臭いである。
近くの岩に登って遠くを見れば、夕方の薄暗い藍色の空がなんと邑の方角だけ赤く染まっている。
──燃えている。
現はハッとした。
──母(かか)が。
岩から転げ落ちるように降りて、現は全力で走った。採った山菜は籠ごと取り落としたが、そんなことはどうでもよかった。近道のために普段は避ける茨の危険な道を通って山道を一気に駆け下りる。素足に無数の棘が刺さったが構うことはなかった。
「かか!」
やっとのことで邑へたどり着くと、すでに火の手はほとんどの家を飲み込んでいる。
「かか! どこさおらしゃる!」
現は母を呼びながらなりふり構わず火の中に駆け出した。子供だからできたことでもあった。
木と藁とつるでできた家はよく燃える。邑中が凶暴な炎に包まれていた。
その崩壊した家々の近くに、死体がごろごろとまるで切り倒した丸太のように転がって半分燃えていた。
現は初めて無上の恐怖を覚えた。泣き出しそうになるのをこらえながら母を探した。
「現……」
ふと蚊の鳴くような声がした。
母が家の下敷きになって倒れている。血が広がっていた。背中を刃物で斬られていた。
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