プロローグ

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 「……マグロのたたきとキノコのケーキって……」     聞いただけでは、食への冒涜以外の何物でもないような珍妙かつ奇天烈なメニュー達が、いつもの如くそこには書き綴られている。 どう想像したところで食べ物とは呼べないような目録だが、それはこの(アネモネ)では、信じられない程の絶品として提供されるのだ。  この店の店長であり、シェフである彼女が考案し、こうしてメニューに並んだ以上、その味は保証されている。 鮎川さんは言う。  「ああ、それは今日の一番人気だな。 ケーキというから甘いものを想像してしまいがちだが、なんというか、実際にはそうではなかった……、としか言いようがないな。 詳しく知りたいなら、一度厨房に頼んで現物を食べてみるといい」 「そうさせてもらいます」  ここまで常軌を外したメニューになってしまうと、僕なんかでは到底想像に及ばない、というか、実際に現物を食した鮎川さんでさえ、あのように言い淀んでしまうのだ。 もしも(むしろ高い確率で)お客さんに質問されたとき、まともに受け答えできないというのは少々いただけないし、なにより、こんな前衛的なネーミングにもかかわらず、今日の一番人気だというこの料理に少なからず興味が湧いてしまったのだ。  更新されたメニュー自体は、そう多くないので、時間的には結構余裕がある。 僕は更新メニューの書かれた画用紙を片手に、厨房へと向かった。 
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