ピレネー

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上り坂を早々に終え、更に調子に乗り始めた太陽の熱線に打たれながら歩く。吸った空気が肺を焼いていく感覚に目眩がした。 そういえば39.5の目盛りまで赤い液体を吸い上げた水銀計を玄関で見たような気もする。 ああ深く考えるのは止そう。具体的な数字なんて知らない方が多分幸せにちがいない。 1時間と16分前に暢気なメール一つで俺を呼び出したアイツは俺がどんな思いで道程を辿るかなんて欠片も考慮していないだろう。 ミディアムレアに焼き上げられる鉄板の上のラム肉の心情が今はわかるかもしれないなんて頭も多分湯立っている。 昔くだらないことで取っ組み合って喧嘩したあの交差点から28歩、左の塀の上で少々だれている美人の黒猫に力なく会釈して路地に入り62歩。ようやく現れた木陰に助けられながら34歩。 漸くたどり着いた目的地で俺を待っていたのは無責任に呼び出した陽気な馬鹿ではなく、扉に貼り付けられた走り書きのメモで、俺は思わず滴る汗もそのままにがっくりと項垂れた 『よう来た!畑で待ってんで!』
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