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『うちうのものがたり』  懐かしい物が出てきた、と私は埃を払いながら一冊の本を取り出した。何年前になるだろう、あの時はまだ触れる物全てがいきいきと新鮮でみずみずしくて、外が世界で宇宙だった。  冒頭は何だったかな、と頁を捲ると「ぼくのうちうはにじいろのせかいなんだよ」で始まっていた。当時を思い出しながら、照れの混じった苦笑を堪えつつ完読した。  ――どうだ、この物語は。すごく単純だが、単純故に味があるではないか。今思えば、『うちう』というのも味わいがある。だが、今の私はどうだ。無意識のうちに難しい言い回しを考え、気取った風な表現を探し、自己満足もいいところの物語を執筆するうちに、自分でもあきれるほど陳腐でつまらない物ができあがっているのだ。  拙く、下手くそだったとしてもこの単純でストレートな物語は、私にとって、もう二度と書けない忘れ物なのだろう。
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