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「私から、死ぬ自由を奪わないでよ!」  目の前の女は橋の手すりに立ち、背中越しに叫んだ。僕の足元には、『遺書』と書かれた封筒とヒールが整然と並んでいる。  死ぬ自由を奪わないで! その言葉が頭の中で反響していた。僕には、彼女を止める言葉が思いつかない。 『死ぬなんて言うなよ! 生きてさえいれば、きっと良いことあるよ!』なんて、無責任でお決まりのセリフは言えない。自信がない、確信がない、断定して言いきれない。何より、僕自身が、この世界で生きていて良い事があるなんて思っていない。 「私はもう、卒業するのよ」  そう呟くと彼女は飛び降りた。砕け散る音が聞こえた。  僕にあてられた遺書を開いた。『ごめんなさい』その一言だった。  あぁ、彼女は卒業してしまった。  これで、世界で独りぼっちになってしまった。  人類最後の二人だったのに。
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