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男はズボンの後ろポケットを探り、くしゃくしゃに折り畳まれた一枚の写真を取り出すと、大切そうにそっと開いた。
写っているのは若い女性だ。
どこか幼さの残る顔が、眩しそうに目を細めながら此方へ微笑みかけている。
暗闇の中、その笑みを目に焼き付けるようにじっと見つめ、強く目を瞑った。
震え出した体を落ち着けるように、何度も深呼吸を繰り返す。
吸い込んだ外気は海水を含んで重く、吐き出しても体内に残っているようだった。
男はゆっくりと時間をかけて瞼を開き、決心したように顔を上げる。
写真を片手に握り締めたまま、暗い海の中へと歩き出した。
寄せては返す波が、男の体を静かに、しかし確実に飲み込んでいく。
彼は前だけを見つめて歩いた。
そうしなければ、恐らく自分は逃げ出してしまうだろうと自覚していたからだ。
砂浜がすっかり遠退き、冷たく重たい水が男の体を沈めてしまうまで、男は毅然と前を見据えたままだった。
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