25人が本棚に入れています
本棚に追加
「歴は、自分がどうなるかっていう記憶があるのか?」
歴の机に手をつき、身を乗り出すようにして春明がそう尋ねる。
自分がどうなるかという記憶なんてない。そういう風に歴ははっきりと首を横に振った。
窓から吹き付ける爽やかな風が、教室をなでてゆく。しかし、春明は寒いかのように少しばかり身震いし、姉の方を見たが、佐津樹は分かりきった事であるというように、髪を風にまかせて知らん顔である。
「そんなの、あるわけないよ。だってそうでしょ。それは未来な……」
歴の言葉を途中で遮ったのは佐津樹であった。日溜まりの中に浮かぶ真剣な眼差しは、歴が言葉を止めるのに十分すぎる真摯さがある。
「うーんと、何から説明すればいいのかしら……」
佐津樹が煤けた灰色がかった白い天井を見上げ、考えている。
そんな中、春明が音も立てずに二人のいる場所から離れ、そのままするすると教室から出て行く。
それと入れ替わりに、神崎先生が姿を現した。二人と話していても、授業の匂いを察知し、逃げてゆく春明の反応に歴は舌を巻いた。
「授業を始める。さっさと席につけ」
神崎が言うなり、話し声ばかりしていた教室が、席に戻る足跡のする教室となる。そうして、授業が始まった。相変わらず春明のらしき真ん中あたりの席は空席で、佐津樹はぼんやりしながら天井を眺めている。
最初のコメントを投稿しよう!