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「もしもし。」  私はあれだけ期待を笑った口で、期待を口にする。 「…あ、…もしもし。」  雑音に紛れながら聞こえるのは美しいギターの音。ジミーヘンドリクスのギターの音色のように美しい魂が搾り出す音。それが彼の声。 「あ、はい。」  私は知っている。その声を。でも彼の口から聞きたかった。美しいその名を。 「月沢です。分かる?」  私はシャルトリューズのグラスを受け取り勝ち誇った気持ちになりながら、答える。 「あぁ、月沢くん?どうしたの?」  本当は待っている。彼の次の一言。彼の言葉によっては、傘さえ持たず雨を感じたい気分だった。 「いや…、…今どこにいるの?」  人間の雑音に紛れない彼の声を夢見心地で聞く。 「今お酒飲んでたの。今から出るわ。」  私は自分の予定までさらけ出してしまったことにまた恥ずかしさを覚えた。まるであなたを待っていたといっているようで。 「…あ…そうなの?…いや…あの…あ…ちょっと待って。…またかけ直す。」  私は自分の心臓が予想以上に跳ね上がっているのを知る。そして悟る。あぁ、私は彼のなにも知らないのだと。電話越しに彼を呼ぶその美しい呼び名は私の知らない新しい名前だった。その名前だけに思いを馳せる。さっきヤニ臭かったライトが、シャルトリューズの薄い緑色を特別な液体に柔らかく変えていく。ヤニ臭いライトは雨の夜を照らし導く唯一の光となり、目の前の液体は全てが私のものとなる黒魔術の薬のように思えた。しかしそんな安っぽいことを考える自分は嫌いだ。
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