16/17
前へ
/17ページ
次へ
 電話が切れてからそれ程時間もたたないうちに彼はやってきた。スーツに少し水滴をつけて私の元へ歩きだす。なんだか不思議な空間だった。周りの音は聞こえない。彼の息遣いさえ聞こえる気がした。 「わざわざありがとう。」  私は彼に向き直りそういうと、彼は笑った。さも面白くなさそうに。 「いえ、どうぞ。ちょうど近くにいたからよかった。」  私はネックレスを受け取ると少し満足した。彼と私しか知らない時間を過ごしている。彼の瞳はまだ燃えていた。 「優しいのね。」  彼は冷たい視線を私に向け、そんなことはないと言った。そして私に背を向ける。 「気をつけてくださいね。僕は次の予定があるから行くけど。」  その言葉を裏付けるように、携帯には着信か受信かわからないがライトが点滅している。 「ええ、さよなら。」 「さよなら。」  彼は一瞬とまどったようにさよなら、と言った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加