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 その日は雨だった。何かを打つ雨音と、何も変わらない景色がただ虚しく響いた。全く意味を持たない電車の中や雑踏の中、ただ自分が息をしていることでなんとか秩序を保つ。彼に出会った瞬間、雨が意味を持つ。そうだ、私の大地は彼が天気で秩序なのだ。この世界が雨にうちひしがれようと彼が笑えば私の大地は晴天だ。 「あ。」  彼は気付かない。彼にとっては私なんて通りすがりの人間に毛が生えたようなものだ。私は彼を見つけたというだけで声をあげたことを恥じた。彼に見つからないようにゆっくりと彼から視線を逸らす。何故かその時もう二度と彼と会話を交わさない気がした。実際会話という会話さえあまり交わしていないのだが。私はどこか落胆し、どこかすっきりとして彼を見送った。イマナラヒキカエセル。
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