絶対に読んではいけない小説(Ver.Another)

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「大変だったんですよ、突然歩道に突っ込んできた車に轢かれて、頭を潰されてしまって」  女性のその言葉を聞いて、俺はハッとした。  まさか……まさか……。 「清人さんって、何か趣味はありませんでしたか?」  俺の突然の問いに女性は一瞬驚いたようだったが、すぐに落ち着いた表情で答えてくれた。 「趣味なのかな……ずっと昔から小説家になるって言ってまして、その夢を叶えるために携帯小説を書いておりました」  やはり。頭を潰された事と、亡くなったのが一ヶ月前ということで俺は察した。昨夜の怪現象で俺の前に現れたのは清人さんなんだって。  俺が夢中になっていた小説の作家さん。プロではない人だけど、俺はこの人に憧れていた。同時に、俺の小説家になりたいって夢はこの人の作品に出会って諦めた。勝てないって、勝手に決めつけて、この人を理由にして俺は自分の夢を諦めようとしたんだ。  でも、そっか。アンタはもうこの世にいないのか……。  何故か悔しさが込み上げてくる。気がついたら俺は泣いていた。 「清人さんの為に泣いてくれるんですね。天国にいる彼も、これでまた少し幸せになれます」 「幸せ……ですか?」 「えぇ。人は亡くなったときに、自分のために泣いてくれた人の数だけ、天国での幸せが約束されるんです。って、清人さんの創った物語りの中の台詞なんですけどね」 「それは、素敵な台詞ですね」 「ありがとうございます。清人さんはいつも、人の心に残って、読んでくれた人の人生にまで影響するような作品を書きたいって言っていました」 「凄い方ですね。でも、その作品に対する熱意は分かります。僕も清人さんの作品を読んでいましたから」  俺の突然の言葉に、女性の目が見開いた。そして次の瞬間には膝から崩れ落ちてそのまま泣いてしまった。  平日の昼下がり。オフィス街のど真ん中の交差点、その隅っこでしゃがみ込んで泣いている男女は、世間からは滑稽に見えただろう。
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