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聴覚が捉えたのはぬちゃ、という類いの粘膜質な音。視覚は痛いほどのあか。赤、朱、緋、赭、赫、紅。どの漢字に当てても適当とは言えない、鮮血の色。
神経が数秒遅れて痛覚を脳に教える。視覚があかの中に肌色を見る。
ひ、自分の息を呑む音で我に返る。
空気が痛覚を刺激する。焼けるように熱い。爛れた跡はない。あかい鮮血の中に、奇麗な桃色が覗く。筋肉も、脂肪もどこまでも丁寧に切られていた。
「え、いたい……?」
紡いだ言葉は泡のように震えていて、頼りない。
ひゅっと、肺の空気が断末魔のような悲鳴をあげる。無意識に呼気だけを繰り返す。肺胞が一つずつ潰されていくような錯覚に襲われる。拷問のように無慈悲に、詰問のように不条理に、尋問のように理不尽にそれは行われる。
大動脈を流れる血液が血管の中で凝固していく、そんな気がした。
「ナタ、……リヤ?」
声が上手く出ない。空気を振動させられるほどの酸素が肺にない。鈍痛が右手を襲う。覚醒に至るほどの刺激にはならない。
「あぁ、素敵だわ」
ナターリヤの澄んだ声が鈍る頭へ入る。きりきりと音を立てて歯車が軋む。
柔らかな唇が重ねられるそれが口付けだと気付くのが遅れたのは、酸素が脳に渡らないからか。ぷつり、唇が噛まれる。鉄の味が口中に蔓延する。
ずくずく、そんな風に唇が痛む。熱をもって腫れたのだろう。感覚が薄れたそこを舌が這う。痛い、その感覚はある。
「ナタ、リヤ、すきよ、」
唇が上手く動かない。あぁ、視界もずいぶん霞んだ。暢気にそんなことを考える。
「私も好きよ」
『貴方は魅力的ね』
End
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