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学校帰り、少年は目の前を走る影を見た。それが何かは分からなかったが、ふとお伽噺のようなそれを思い出した。
祖母が病床についてからもよく話してくれたもので、なかなかどうして驚くほどきちんと覚えている。
初めは決まってこうだった。
「私はその子が大嫌いだった」
目を細めて祖母は続けた。
――凜としていて、何にも臆せず、屈せず、そんなあの子が疎ましかった。
要はただの嫉妬ね。眩しくて、羨ましかった。決して人気者のように輝いていたわけではなかったのだけど、私には直視出来ないくらい眩しかった。
だからね、いつだったか子どもの手に収まるような、小さな石をね。
投げつけたの。
その子はね、怒らないで一瞥を寄越しただけなのよ。
そこで祖母は必ずため息を吐いて苦笑いをする。真似しちゃ駄目よ、と。それから、決まって窓の外を見つめて感傷に浸る。十分にそれが済めば祖母は微笑んで口を開く。
――そうしたら、すごく怖くなってその子に謝りたくなったの。だから、走ったらその子にすぐ追いついたの。
私は、泣きそうだったのかしらね。声が震えてて、今思うとよく分かったわね、あの子。
「あの、ごめんね?」
そう言えば、あの子は「大丈夫だから、泣くのはやめてね」って笑ったのよ。いえ、苦笑いだったんだけれどね。
祖母は思い出すように目を閉じて唇に弧を描いた。ふふ、と小さく笑いをこぼして少年の頭を撫でた。
「私は、不器用だから、気付くのが遅かったのね」
その子、ネコだったの。
「え?」
「私、ずっとネコが羨ましかったからその子が疎ましかったのよ」
祖母はいたずらっ子みたいに笑って見せる。だから、あなたはネコを見たら撫でてあげてね。
少年は目の前を過った黒に近寄って、手を伸ばした。祖母に習ったように、向こうが近付くまでそれ以上は近付かない。
「おばあちゃんがお世話になりました。」
黒はにゃおんと一つ、鳴いた。
End
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