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「まぁ、どっでもいいから、さっさと親元にけぇんな。」
初めて目にした表情は、めんどくさがっている顔だった。
手を犬にむけるように、シッシッと振る。
覚醒してきた頭は、目の前の現実にあせりだす。
「えっ、待って下さい!えーと?なんかの撮影ですか?」
思い出した。
自分は交差点で倒れたはず、あの近くに蕎麦屋なんてない。
そして、ビルに囲まれている都会に、こんなに生活感溢れた和室は見当たらない。
そうすると出てくる疑問は一つ。
“ここは何処なんだ?”
冷たい汗が、じわりと手に広がる。
「さつえい?なんだよ、そりゃ。異国の言葉か?」
男の声が、体温をすぅと下がらせた。
「‥い‥こく‥。」
雨音は男の言葉を繰り返すと、黙り込んだ。
さっきから、男との会話にずれを感じていた。
異国。異人。
現代では、あまりに使われない言葉。
布団から出て、体を這いずりながら男に近づいた。
「今は、何年ですかっ?」
相手の目を見て、しっかりと訪ねる。
男は雨音の真っ青な顔に、眉間にしわをよせ言った。
「いまは、文久三年の京にきまってんじゃねえかよ。」
男は不審そうに、雨音を見る。
眉間の皺が更に、濃くなっていく。
その瞬間、体から力が抜けた。
「ぶん‥きゅう‥‥。」
体が、ひどく重くなったのを感じる。
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