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春の陽光が大きな天窓を通して降り注ぐ。
卓(すぐる)は目を細めながら光の先を見上げた。
ステンドグラスが太陽を浴びて、色とりどりの影を落としている。
絶好の挙式日和。
石を一つずつ手で積み上げたような、温かみのある壁。
古い木造の床と、椅子。
そしてそれらを優しく包み込むような、この天窓。
姉の杏奈(あんな)がきらびやかな式場ではなく、こんな田舎のチャペルを選んだのは、この天窓に感動してのことだった。
持ちかえったパンフレットを手に、空が近い気がする、と目を輝かせていた。
父さんと母さんに見守られて挙式できると。
卓たち姉弟は、交通事故で両親を亡くしている。
当時、杏奈20歳、卓11歳。
年の離れた姉弟。
幼さ故、両親を亡くした実感さえ沸かなかった卓。
その中ででこうして不自由なく生きてこられたのは、他でもない姉の存在があってこそだ。
二人きりの生活が寂しくなかったと言えば嘘になるが、杏奈の存在は卓にとって優しい母であり、厳しい父だった。
不足を感じた事なんて一度もない。
事故直後、二人の引き取り先が別々になりそうだったときには、
『何があっても、二人は一緒よ』
と言い放った杏奈の、なんと男らしかったことだろう。
それを思い出して、卓は小さく笑いを溢した。
あれから卓たちは両親のいない大きな一軒家、今日まで二人、過ごしてきたのだ。
締め切られていたはずのチャペルに、ふわりと春風が舞い込んだ。
高い天井に、ドアの閉まる蝶番の音。それから、ゆっくり歩み寄る靴音が反響する。
そして卓の背後に数歩距離をおいて遠慮がちに止まったが、卓は振り向かずに目を閉じた。
「大好きな姉ちゃん、取っちゃうみたいで何だか悪いな…」
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